2004年1月19日 VIVA仙台!!!
 

1月19日  ABCという大会の特性をよくつかんでいた日本

日本 80 (17−21 .12−23. 20−23. 31−25) 92 中国

平均身長で約10cm上回る高さの中国には及ばなかったが、#4浜口、#6大山、#15永田を中心に、気迫がこもった試合を展開。80-92と健闘し、4大会連続準優勝で全日程を終えた日本。

個人的な感想なのだが、私はこの大会のMVPを#15永田睦子にあげたいと思う。予選リーグではゴール下のイージーシュートを落としたり、攻守にかみあわない場面もあったのだが、なんといっても、準決勝の韓国戦での印象が強い。この試合、8本の3ポイントを決めて34得点あげた#10矢野も素晴らしかったが、なんといっても永田の18本のリバウンドと、要所のドライブインで韓国ディフェンスを崩したのが効いていた。「あっ韓国がシュートを打った!やばい!」と思うと、そのこぼれ球を拾っていたのは永田だった。韓国にいきそうな流れを食い止めた永田の踏ん張りには、本当に頭が下がる。

大会が終了し、ミラ(永田)に話を聞くことができた。その話を聞いて涙が出そうになった。ミラはこんな思いを抱きながらプレイしていたというのだ。

「大会中、自分がシュートを落としたり、調子が悪くなったりすると、4年前のシドニー予選、決勝で韓国に3点差で負けたことを思い出すんですよ。準決勝でねんざをしたために、決勝では力が発揮できなかった……。もうあんな思いは絶対にイヤだ! この大会でも自分の調子が悪いと、『あの時のようになってもいいのか? それだけはイヤだ!』と、心の中で言いながらプレイしていました」

4年前の悔しさは私も覚えている。けれど、ミラがまだあの時の敗戦を引きずっているとは思わなかった。ミラにはミラなりの重圧があった中で迎えた大会だったのだ。また、ミラにはもうひとつの強い思いがあった。

「私たちはエース(大山)さんとマック(浜口)さん、サン(楠田)さんたち上級生にかなり頼っていた部分があったんです。大会中に日本の調子がなかなか出なかった時、いつもエースさんとマックさんが励ましてくれました。それがなかったら、このチームは勝てなかった。けれどその上級生に頼っていたチームが、この大会を通じてとっても成長したと思うんですよね。私も含めて。それが大きかったと思います」

『まだ予選だよ。予選リーグで負けても、決勝トーナメントで修正すればいいんだよ』

『疲れてるっていっても、それを今はオールジャパンのせいにしちゃダメだよ。私たちはあんなつらい日程を乗り越えてきたんだから、絶対に大丈夫』

『この大会の目標を思いだそうよ。オリンピックのチケットを取ること。勝負の試合で勝てばいいんだから』――

結果が出ていない時に気持ちを切り替えるということは、そんな簡単にできるものではない。しかし、上級生たちはこんな言葉をかけながら、長丁場の大会を支えてきたという。それは、予選リーグと決勝トーナメントの試合は別ものだという“ABC大会の特性”を知っている経験からくるもの。自分やチームメイトを信じてなければ言える言葉ではない。韓国戦で中堅と若手選手が力を発揮できたのも「ここで負けても、明日の3決は上級生たちがやってくれる」という思い、ベンチに上級生たちがいる安心感からだ。上級生たちは「ここで負けても明日は私たちがやってやる。絶対に大丈夫だと思っていました」(浜口)と、ベンチを守っていた。そんな気持ちが集結して勝った韓国戦に、日本が一つになったことを感じた。

精神面でもプレイでも、4年前の呪縛から解き放たれて自信をつけたミラ。次代の日本を背負うエースプレイヤーから、こんな素敵な話を聞けたことが、本当にうれしかった。

やっぱり仙台はゲンのいい場所だった!

「終わりましたねぇ…」 閉会式のあと、誰かれとなくそんな会話を交わした。決勝トーナメントに入る前日までは、連敗続きの日本のように大会役員の方々の気持ちはどんよりと重いものだった。だが、18日の韓国戦に勝ってからは足取りも軽く「いやぁ良かったですよ」「ほんとにすごかったですな」などと、感想を言い合うのが挨拶代わりとなっていた。

「勝つとこんなにも違うものなんだな」

大会に携わる者たちの苦労を、活力へと変えてくれた韓国戦での勝利。連日連夜の仕事の大変さも、この1勝で一気に吹き飛んでしまった。 「日本がオリンピックに出場するために」と、縁の下の力持ち的存在となってくださった宮城県バスケットボール協会の皆様、本当にご苦労さまでした。それぞれの持ち場にいらっしゃる大会役員の方の気持ちいい挨拶に、毎日「今日もがんばろう」と思ったものです。素晴らしい大会をありがとうございました。

94年に初のABC取材に仙台に来た時も、中国に史上初勝利という奇跡を見させてもらった。そして、今回も…。奇跡というのは一生懸命に戦った者だけに与えられるものだと、私が尊敬するあるコーチは言っていた。そういう意味では、この勝利は奇跡ではなくて実力だと思う。選手たちも「仙台は先輩たちが中国に勝ったゲンのいい場所だと聞いています。ここでオリンピックのチケットを取りたかった」と語る。そんな思いを抱かせた“仙台”という土地が持つパワーに感謝いたします。仙台はやっぱりゲンのいい場所だった。VIVA仙台!!!

余談…やはり脱帽、韓国バスケット

数日前に「日本が目指すべきは韓国のバスケット」というコラムを書いた。日本は準決勝で韓国に勝つことができたが、今もその気持ちに変わりはない。準決勝、日本は韓国に、韓国のバスケットをさせることなく、勝負に勝つことはできたが、技術面では韓国に学ぶ点は多いと思うからだ。

あの試合の韓国ほど、韓国らしからぬバスケットをした日はなかった。信じられないシュートミスやパスミスに目を疑ったほどだ。多分、韓国としたら何10回試合をして、あるかないかの絶不調。内海ヘッドコーチも「最後は韓国の3ポイントにやられるのではないか」とか「最後は駆け引きのうまさにやられるのではないか」と、気が気でなかったという。韓国のバスケットには「最後にやられてしまう」と思わせるだけの“うまさ”がある。それは一人ひとりがバスケットを知り尽くしているからで、過去、そういう試合を幾度となく経験してきた。でもあの日、韓国にそのバスケットをさせなかったのは、日本の“気持ち”の入ったプレイだった。技術をもまさるのが気持ちだということを証明した日だった。

韓国は3位決定戦でタイペイを下してオリンピックの出場を決めた。試合後、司令塔の#5チョン・ジュウォンと少しだけ話をする時間があった。彼女は31歳のベテランで、結婚もしている主婦。どうしても確かめたいことがあった。

「アテネオリンピックへ カムニカ?」

(アテネオリンピックに行きますか?) 覚えたての韓国語を試しに使って聞いてみた(といっても、とても簡単な言葉)。通訳もそばにいなかったし、私としては「行くよ」とか、うなずくぐらいの返事が聞ければいいと思っていた。そうしたら、

「私、行きます。オリンピック。うーん、チームで歳が一番上だけど、70%くらい行くつもり」

ガーン! 彼女のあまりにもうまい日本語に脱帽。返事を聞けたのはうれしかったが、私の精一杯の韓国語なんて足元にも及ばない。聞けば、日本語をかなり勉強しているとのこと。バスケット同様、彼女はいろんな意味でクレバーな人だということを改めて感じた。70%といわず、ぜひ世界の大舞台で頑張ってほしい。韓国のバスケットは十分に世界で通用する。その中心となるのは、あなたのクレバーな試合運びなのだから。日本と対戦する時以外は、応援させていただきます。

 




 バスケットボールライター ようた のプロフィール
小永吉陽子(こながよしようこ)
「月刊バスケットボール」編集部に13年在籍し、
日本女子代表、中高生、JBL、WJBLの取材に携わる。
日本女子担当として94年仙台ABCを皮切りに、アトランタ五輪等を取材。
現在はフリーライターとして走り回っている。

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